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20歳で卵巣がんになった私がシングルマザーになるまで 〜サキとウミの物語〜 ×  pixabay(ピクサベイ)

まとめ読み 幼少期 〜childhood〜

まとめ読み 〜幼少期〜 前編 

 

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①プロローグ 〜prologue〜

https://pixabay.com/ja/photos/風景-下町-電車-トラックス-966554/

東京の下町で、それはそれは小さい未熟児として産まれた私。

その日は父の41回目の誕生日。

そう、私の誕生日は父の誕生日でもある。

母は45歳での初産。

https://pixabay.com/ja/photos/フィート-赤ちゃん-誕生-子供-718146/

超高齢出産にもかかわらず、自然妊娠だったとのこと。

初めての妊娠で私が無事に産まれたそうだ。

帝王切開での出産。母は良くその傷を見せてくれた。

人の誕生とは本当に奇跡的なものだと歳を重ねるごとに痛感する。

https://pixabay.com/ja/photos/乾杯-飲み会-酒-グラス-2636510/

両親の出会いは婚活パーティー。

出会って3ヶ月で、スピード婚。

その時母は44歳、父は40歳。

となると、結婚後すぐに私が産まれたことになる。

https://pixabay.com/ja/photos/赤ちゃんのバンプ-妊娠中-誕生-1533541/

巡り合いの不思議。

生命の神秘。

そんな家庭に生まれ育った私の話。

②孫 〜grandchild〜

https://pixabay.com/ja/photos/子供-フィート-赤ちゃん-家族-821627/

母45歳、父41歳。

幼少期はよく「可愛い男の子ですね〜!お孫さんですか?」

と言われたそう。

確かに若くして子どもを産み、立派に育て上げた親御さんならお孫さんでもおかしくない世代。

https://pixabay.com/ja/photos/父-息子-子供-娘-手-106708/

そう、もうしょっちゅう聞かれるからと、「そうなんです〜!アハハ〜。」

と返していたそう。

なるほど、お孫さんは百歩譲って良しとしよう。

私としては、男の子ですね〜!にはしっかりと反意を発して欲しかったが、これもまあ良しとしよう。

何にせよ、可愛いことは可愛いのだから。

https://pixabay.com/ja/photos/新生児-赤ちゃん-コスチューム-6780839/

お褒めの言葉、頂戴しよう。

こんなやり取りも、この世代での子育てあるあるなのかも知れない。

本当に子育ては千差万別。

https://pixabay.com/ja/photos/家族-足のクローズ-アップ-青-1966496/

それにしても、30年以上前にキャリアを重ねてからの妊娠出産。

母の現代のキャリア女性の先駆けの様な人生選択。

「年齢を重ねてから子育てをしていたから更年期がなかったの!」

https://pixabay.com/ja/photos/静物-フラワーアレンジメント-3394843/

と、笑いながら話す母は自慢の母。

③最古の記憶 〜oldest memory〜

https://pixabay.com/ja/photos/フィアット-自動車-5294867/

3歳頃だろうか。

父の真っ赤な軽自動車に乗せられ、親戚のお見舞いの為病院へと向かっていた。

私はチャイルドシートでお昼寝中。

車に揺られると、すぐに寝てしまう子どもあるあるである。

https://pixabay.com/ja/photos/赤ちゃん-赤ちゃんの足-ベッド-1866623/

ぐうぐうと眠りにふける私を可愛そうに思ったのか、父と母は私を車に寝かせたまま病院へと入っていった。

さっとご挨拶程度のつもりだったのだろう。

しかし、そこは子どもの察知能力。

父と母が病院内に入って間もなく、私は目を覚ます。

https://pixabay.com/photos/glass-window-architecture-3113761/

おお、辺りは少し暗くなり始めている。

見渡すと車にはチャイルドシートに乗せられた私のみ・・

その事実を認識次第、大泣きスイッチオン。

さあさあ大変。パニックパニック。

https://pixabay.com/ja/photos/赤ちゃん-泣いて-泣く-2387661/

パニックになりながらも火事場の馬鹿力とはこのこと、どうにかこうにかチャイルドシートから抜け出し、車からの脱出を試みる。

しかしマッチ棒の様なボタンをポチッと押したり引っ張ったり式の懐かしのカーロックの解除の仕方が分からない・・!

それを上に引く!

は、流石に3歳児には難しい。

https://pixabay.com/ja/photos/toyota-c-hr-2931733/

しかししかしそれでもこの密室空間から抜け出さねば・・!!母〜!!母〜!!

そして私は思いつく。

窓だ!!

これまた窓は懐かしのエンジンがかかっていなくてもくるくるとハンドルを回せば手動で開く方式!

開け!!開け!!

https://pixabay.com/ja/photos/メルセデスmpv-車-窓-rv-6588248/

私は自分の身体が通る高さまで窓を開け、なんと車から裸足のまま1人で脱出したのだ。

着の身着のまま裸足のまま、私は病院へと走っていった。

私の記憶はここまで。

その後、私は看護師さんに連れられ、もちろん大泣きのまま父と母のいる病室まで無事に辿り着いたそうだ。

https://pixabay.com/ja/photos/女性-ウェブ-水-人間-2877322/

ああ、父よ母よ、お願いだから3歳児を車で待機させなさんな。

そんな私の最古の記憶。

④登園拒否 〜school-refusal〜

4歳になり、年中さんから幼稚園に通うことになった私。

当時の私の性格は、とにかく内気で人見知り。

登園時、毎日母の後ろに隠れては大人たちを困らせていた。

http://pixabay.com/ja/子供達-子-小さな女の子-隠す-3656472/

その最たるエピソードは、人生で最初で最後の登校拒否である。

これ以後、長期に渡る学生生活を思い返しても、こんなにも登校を拒絶した事はない。

さあ、その登園拒否の理由・・

それは・・

幼稚園の体育の先生が怖い。

pixabay.com/ja/photos/子供が座っています-ジーンズ-1816400/

若い男性の先生だったのだが、思い返してみると、全くと言って良いほど怖い要素はない。

強いて言うと、切れ長のキリッとした顔立ちだったような記憶がある。

・・顔だけで判断するのは良くない。

それと、体育会系なので若干声も大きかったような記憶も・・

https://pixabay.com/ja/photos/人-観客-拍手-群衆-応援団-5609381/

はて、どうしてそんなにも怖がっていたのだろうか。

あまり若い男の人と触れ合ったことがなかったからなのだろうか?

ちなみに、私の娘は某サイゼリヤの泡のトイレが苦手で、何をどう言おうが絶対に用を足してくれない。

https://pixabay.com/ja/photos/トイレ-羊-フィギュア-loo-3298222/

電車のトイレもなのだが、電車のトイレに関しては狭小且つ薄暗く、水を流す吸引の音が怖いからという察しはつく。

中川家礼二のそれ。

特定のトイレ怖い事案も過ぎてしまえば笑い話になるのだろう。

https://pixabay.com/ja/photos/磁石-空白-リマインダ-4872634/

私の体育の先生怖い事例も、今となっては微笑ましい昔の話。

⑤習い事 〜lesson〜

小学校に入学すると、習い事も増えていく。

https://pixabay.com/ja/photos/ピアノ-遊ぶ-学ぶ-3957650/

1番初めに始めたのはピアノ。

通っていた幼稚園がKAWAIのピアノ教室会場だったため、入園と同時に年中さんから通わせてもらっていた。

書道をやっていた母のすすめで年長さんからは書道。

https://pixabay.com/ja/vectors/剣道-スティング-吹く-月-5381023/

小学校に入学と同時に、小学校の体育館で開かれていた剣道教室へ。

これは父がどうしても通わせたいとのことで通い始めたそうだ。

20〜30年前は特に女流剣士はなかなか杞憂で、教室の中でも3〜4名しかいなかったように思う。

そして剣道教室と同時に、母が習っていた日本舞踊も始める。

https://pixabay.com/ja/photos/日本-劇場-着物-芸者-1419511/

毎日何かしらの習い事があった記憶がある。

加えて一度始めたら基本的に辞めない性格の私。

ピアノは中学卒業まで。書道は塾とスケジュールが被ってしまったため、中学2年まで。

日本舞踊は阿波踊りに変わり、高校1〜2年生頃まで続けていた。

https://pixabay.com/ja/illustrations/剣道-マスク-日本-4900665/

剣道は中学生になり、とにかく痛くて寒くて男子に打たれるのが嫌で休み休み通っていたが、一応中学3年まで通い通した。

この剣道のエピソードはまた改めてお話ししたい。

これらの習い事に加え、小学5年生で自ら塾に通いたいと申し出て、中学3年まで塾にも通わせてもらっていた。

https://pixabay.com/ja/photos/貯金箱-お金-節約-金融-970340/

・・お金かかっただろうな。

特に塾に関しては、初めに通わせてもらっていた塾が某ゼミナールでとても高く、冬季講習や春季講習などもあり、保険を解約してまで通わせてくれていたのだが、自宅からの距離もあり、小学6年からは近所で評判の個人経営の集団指導の塾へ。

https://pixabay.com/ja/photos/宿題-学校-問題-番号-論文-2521144/

その塾の先生が素晴らしく、通っている生徒達はみな仲も良く優秀。

1学年20〜30名程の生徒が通っており、自身の中学校が1学年4クラスだったので、同じ中学校の1/5〜1/6もの生徒がその塾に通っていた。

同中学校夜間部と言っても過言ではない。

https://pixabay.com/ja/photos/時間-仕事-時計-コーヒー-5193038/

この塾のエピソードもまた改めてお話ししたい。

様々な習い事をさせてもらい、とても視野が広がったなと感じている。

母も時たまパートに出ていたのだが、そのお給料は全て私の習い事のお月謝に回してくれていた・・

https://pixabay.com/ja/photos/ユーロ-思われる-お金-870757/

今思うと、本当に感謝しかない。

どの家庭も、親たちは習い事等を含め、金銭的な工面に奔走しているかと思う。

頭が下がります・・

時代は巡り、今は私が娘のために日々奔走している。

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頂いた恩は次の世代へ。

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